理念⊃戦略⊃戦術
今日9月8日の日経新聞は残念だった。
ああ、やっぱり、というべきか。

まず、「大機小機」(手毬)。
鳩山内閣への期待と警告について書かれていた。
それはそれでいいのだが、最後の結び。
『「友愛」などと空虚な理念をもてあそばずに。』とある。
鳩山内閣が、「友愛」とい理念をもてあそんでいるにすぎない
可能性はあるかもしれないが、それを「空虚」と言い切るのはどうか。

現代とは、普遍的な価値が存在しないことを自覚しつつ、
普遍性を求めざるを得ない時代だ。
つまり、何らかの対立軸があった時に、
どちらかが正しいことを証明することはできないことをわかった上で、
対立を包含しつつ相互理解を目指さざるを得ないのが
現代という時代の特徴だ。
オバマ大統領は、このことを的確に理解して、
まさに「友愛」ないしは「協生」というべき理念を掲げたところに
新しさがある。と、私は共感している。
鳩山首相(予定)も、祖父から引き継いだとはいえ、
同じ価値観を明言したことに価値がある。
私はこの点に大いに賛同し、期待している。
日経の記者(手毬)は、
この大きな価値観のパラダイムシフトを
俯瞰的に理解することができないのか。
抽象的、大局的、体系的な議論を
理解できないのか。
目先の議論ばかりをしていては、
大きな判断はできない。

もう一つは、これは、残念というよりも予想通りだが、
「国家戦略局に官僚ピリピリ」という記事。
財務省内には
「国家戦略局が政策に影響力を持てるのか疑問」
との受け止め方がある、
とある。

物事をシステムとしてとらえると、
まず根底に理念があって、
その上に戦略が、
そのさらに上に戦術がある。

本来、理念がまずあるべきで、
その上に戦略、戦術があるべきなのに、
最近の政権は理念も戦略もなかった。
これに対し、鳩山氏は、
どれだけ鮮やかに実現できるかどうかは別にして、
「友愛」に象徴される理念の重視と、
「国家戦略局」という戦略の重視を、
明言したことに価値があり、
その点は大いに評価すべきだと思うのだが。

どうも要素還元主義に慣れた新聞は、
俯瞰的な記事は書けないようだ。
テレビもしかり。
政権交代を機会に、
日本を大規模複雑システムとして俯瞰的に理解し
体系的にデザインする視点が
共有できることを願う。

以上。

ただし、もちろん、
鳩山内閣が理念-戦略-戦術をどうつないでいくか、
そして、具体的な戦術をどうするのか、
ということはまた別の話だが。。。

社会 | 08:44 | comments(19) | trackbacks(0)
Collaboration Complex Conference 2009 Summer
昨日は、日吉駅前の協生館に入っている3つの研究科
(経営管理研究科、メディアデザイン研究科、
システムデザイン・マネジメント研究科)の
第1回学生合同イベントに、パネルディスカッションの
パネリストとして参加しました。大盛況でした。

いやあ、楽しかったですね。お疲れさまでした。
あんまり楽しかったので、9か月ぶり!!!に
ブログ書いてます。

何より、このようなイベントを企画してくれた
3研究科の学生たちに感謝します。ありがとう。
僕も、せっかく「協生館」に3つの大学院が
同居しているのだから、教員も学生も
もっといろいろとコラボすべきだと思いながら、
ついつい忙しくて実現できないままでいたのでした。。。

パネルディスカッションでのKBS小幡績さんとのバトル!?
は楽しかったです。バトルというより、本質的な認識は
とても近かったので、強い共感を覚えました。
もちろん、KMD杉浦一徳さんとも。
インターネットは脳だ。

皆さん口をそろえて言われていたように、
これをスタートに、うまく3研究科のいいところを
生かしあい、苦手なところを補い合って、
『社会人が勉強するなら、日本国中ここしかない!』
というグループにしましょう。
いや、世界でここしかない!ですね。
それから、新卒学生にとっても。

前から、次の展開も考えています。

銀杏並木の反対側には、若き学生たちと、
その教育を行う多様な教員たちがいます。
あちらがわにある「教養研究センター」には
実は僕も参加していて、そこでは、アートや文学を
はじめとする人文科学、社会科学、語学などを
中心とした様々な知のコラボが行われています。
せっかく同じ日吉にいるのだから、
あちらとの連携も強化しない手はない。
(5月に武藤先生と行った文学と脳科学のコラボ
「創造する自己」は最高でした。)

それから、僕の研究室とすでにコラボしている、
心理学教室や、体育研究所もあります。
前に教えに行ったことのある塾高もあります。
これらとも、もっと交流しない手はない。
(秋には、うち(SDM)の学生が、
ヒヨシエイジのフットサル大会を企画中。)

さらに、谷を越えると、僕の古巣、
理工学部キャンパスもあります。
もちろん僕はこちらともコラボ中。

つまり、ここ日吉の地では、
「教育」「研究」そして様々な「活動」という
多様なあり方で、多様な連携が可能なわけです。
SDMは、コミュニティーシステムのデザインという
立場から、『日吉の協生の核にならねばならない』
という意を強くした昨日の会でした。

HUBでの渡部さんのトランペットの音色が
今も脳裏に焼き付いています。若き血。

ほんとうに、参加した皆さん、ありがとう。
これからもいろいろやりましょう!


SDM | 19:29 | comments(0) | trackbacks(0)
連合三田会
慶應義塾大学SDM研究科の学生のブログ
http://sdmbysdm.wordpress.com/
というのができたというので,見に行ったら,
なんと僕のブログにリンクを張ってくれていました。
ありがとうございます。

ということは。
SDMの学生の皆さんが見に来てくれるかもしれません。
しかし,このブログ,2ヶ月も更新していませんでした。。。
お恥ずかしい。

ところで今日は連合三田会。
SDMは,カーボンマネーのパネルディスカションとか,
教育・研究のポスター展示とか,皆で大いにがんばりました。
来週はHRP(日吉リサーチポートフォリオ)で
やっぱりポスター展示やシンポジウム。
宣伝は大事です。

でももっと大事なのは,研究成果をあげること。
なにしろ,成果をあげれば,知名度は上がるし,
新聞やテレビもタダで取り上げてくれる!

普通のビジネススクールやMOTプログラムは,
第一人称的に学生個人の能力UPを図るのみです。

一方,理工系大学院は,
第三人称的な(一般的に通用する)研究成果を
あげることを通した教育に特化する傾向があり,
明示的に学生のリーダーシップやコミュニケーション能力の
教育をしないのが普通です。

つまり,SDMのすばらしい点は,
第一人称的な個人教育と,
第三人称的な研究を,
両立する点だと僕は思います。

世界的に一流の研究成果をあげ,
論文として投稿し,
新聞やテレビで取り上げられれば,
SDMの知名度は上がるし,
学生の就職も楽勝になると
思うのです。

だから,教育と研究を,どちらも,
世界的に一流のレベルで
やらなければなりません。

思わず学生が読んでいることを
意識して書いてしまいました。。。
真面目なお話しでした。



SDM | 18:19 | - | -
Stanford訪問
Stanford大学の石井先生の研究室を訪問し,SDMの授業科目「デザインプロジェクトALPS(Active Learning Program Sequence)」のこれまでと今後について打ち合わせをしてきた。カリフォルニアの空は青く,石井先生のおっしゃる「Sky-highなアイデアを」という発想の原点を見た気がした。
「デザインプロジェクト」のようなグループ学習に,正直言って以前の私は懐疑的だったのだが,SDMの半年を終え,既にグループプロジェクトのユニークな成果が出始めている今,システマティックに計画・実施されたグループ学習は日本の教育を変える極めて重要な手法だと確信するようになった。
9月にSDMが引っ越す日吉駅前の建物は「協生館」。時代が,競生→共生→協生 と移行していくことを象徴している。

SDM | 10:31 | comments(0) | trackbacks(0)
幸福と悟り
5月から7月の間の何日か,禅宗の僧侶の方々の前で講演するという企画を行った。それまでは,悟りの境地とはどういうものなのか,理屈ではわかったつもりでいるけれども,実感としては何かまだ腑に落ちない,という状態だった。ところが,嬉しい事に,7月のある日,「わかった」と感じた。腑に落ちた,というか,まさにものの本に悟りの境地と書かれているその説明どおりの感じ。なるほど,禅寺はそうなるための雰囲気に満ちているのだ,と思った。
それ以来,禅問答の内容が全てわかるようになったし,「至福」の境地と「悟り」の境地は同じものだと考えれば説明できると確信するようになった。
もしかしたら座禅を組まずに禅宗のいう悟りをわかる方法を編み出したという事なのではないかと思い,仏教,哲学,心理学,精神医学,幸福学の本を読んだり議論したりして確認中。この幸福な感じを,学問として体系化し,多くの人に伝えられれば,と思っている。乞うご期待。


哲学・宗教 | 10:41 | comments(0) | trackbacks(0)
「先進国」と「途上国」という呼び方
何十年も前から気になっていることがある。
「先進国」と「途上国」という呼び方。

英語では,「Industrialized countries」と「Developing countries」だと習った。
(といっても昔の事なので,今は違うんだったら誰か教えてください。)
「Industrialized countries」と「Developing countries」を和訳すると,「工業化された国」と「発展しつつある国」だ。

「工業化された国」→「工業化が進んだ国」→「工業化先進国」→「先進国」
「発展しつつある国」→「発展途上の国」→「途上国」

というように省略したのだろうか。もしそうだったらあまりに乱暴ではないだろうか。
まず,「工業化が進んだ」ことと「先進」は関係ない。
それから,「発展しつつある国」を「途上国」と呼ぶのは,「Developing countries」を「-ing(進行形の) countries」のように省略していることになり,本質的な意味が欠落してしまう。

何より気に入らないのは,「工業化された国」である日本の優越感が見え隠れする点。
そもそも,「工業化された国」であるということは,優越ではなく,単に「工業化されている」という意味しかない。
工業化されたということは,生活が便利になったということでもあろうが,CO2を大量に発生するようになったということでもあり,文明に基づく様々なリスクを増大させたという事でもある。つまり,正の側面と負の側面があり,少なくとも「先進」という言葉とは直結しない。もちろん,環境破壊を「先に進めた」という反省の意味も含めて「先進」と呼ぶのなら私も違和感がないが,どうも,そうではなく,「先に進んだ優れた国である」というエゴイスティックなニュアンスが込められていないだろうか。
同様に,「developing」から「develop」を取り去り,「-ing(進行形)」だけを取り出してこれを「途上」と呼ぶセンスも受け入れがたいし,日本人として恥ずかしい。もっと,「まさに発展しつつある新しい息吹のみなぎった国」というような呼び名にできないのだろうか。

そういうわけで,「先進国」「途上国」という,はずかしい呼び方はやめませんか?
せいぜい「工業化国」と「工業化中の国」というべきだろうし,本当は,工業化でもって国を分ける時代自体が終わりつつあるのだと思う。
そういえば最近は「新興国」という呼び方もあるが,まあ,もっと,価値に中立にしましょうよ。マスコミの方や政府の方。

社会 | 23:57 | comments(0) | trackbacks(0)
SDM
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)はすごい。
2008年4月に始まって以来,とてもエキサイティングな日本発の試み。
学生の満足度もとても高く,教員としてもゼロからの構築は実に楽しく,充実している。

と思うのだが,まだ世の中ではあまり知られていない。もったいない。
まだまだ情報発信が足りないのでは。

そう思ったことがBLOGを始めようと思ったきっかけのひとつです。
これから,個人的なSDMへの思いを発信していけたら,と思っています。
宜しくお願いいたします。

SDM | 23:25 | comments(0) | trackbacks(0)
CATEGORYS
COMMENTS
CALENDAR
<< March 2010 >>
SunMonTueWedThuFriSat
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
PROFILE
SEARCH BOX